三ツ矢サイダーと肩を並べていた伊勢の地サイダー「エスサイダー」が蘇る

伊勢河崎まちづくり衆の高橋徹代表、中村賢一さん、小川商店11代社長夫人の小川玲子さん、KADOYAの鈴木成宗社長。「復刻Sサイダー」の完成をPRに

伊勢河崎まちづくり衆の高橋徹代表、中村賢一さん、小川商店11代社長夫人の小川玲子さん、KADOYAの鈴木成宗社長。「復刻Sサイダー」の完成をPRに

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 1909(明治42)年、伊勢の地で産声を上げ、昭和後期まで製造され続けた炭酸飲料水「S(エス)サイダー」が11月23日、四半世紀ぶりに「復刻Sサイダー」として蘇る。

奇跡的に残った「Sサイダー」を手にする小川玲子さん

 「復刻」には、地元NPO法人伊勢河崎まちづくり衆(同市河崎、TEL 0596-22-4810)のメンバーらの情熱、当時製造販売をしてきた小川商店11代社長夫人の小川玲子さんらの協力、「復刻」のため研究してきたKADOYA(同市神久、TEL 0596-21-3108)の鈴木成宗社長らの力によって完成に至った。

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 「Sサイダー」は、同市河崎地区で江戸時代から続く酒問屋小川商店(1999年廃業)が、1891(明治24)年から製造販売していた「ラムネ」の経験実績を生かし、1909年「サイダー」の製造に着手した際に付けたブランド名。1910年には、三重県内に留まらず、京都・愛知・静岡、そして台湾にまで販路を伸ばし、1911年には近畿・山陽・四国・九州・台湾・朝鮮にまで販路を拡大し、ある時期「三ツ矢サイダー」と同じ鉄道院西部管理局(後の国鉄)の指定品として駅でも売られ「三ツ矢サイダー」と肩を並べるほどまで成長していたという。

 しかしながらコーラや他の清涼飲料水などが販売されるようになると、大衆の人気はサイダーから目新しいそれらに取って代わり、次第に生産量も少なくなり製造中止にまで追いやられてしまった。

 「復刻」誕生には、ドラマもあった。多くの蔵が残る同地区の町並み保存活動を展開する同NPOが、2001年に蔵の改修作業中、まだ栓をしたままのSサイダーを奇跡的に1本見つけた。同NPOに「いつかSサイダーを復刻させたい」と新たな夢が芽生えた。

 「復刻」販売は、「神都麦酒」の復刻も手がけた伊勢角屋麦酒(同)の鈴木成宗社長の新設会社KADOYAで行う。味やパッケージなどできる限り当時のままを忠実に再現するため、原材料は砂糖、酸味料、香料だけを使用。ビン・ラベルのデザインも残った1本とほかの資料を元に作り上げた。小川さんは「『復刻Sサイダー』を飲んだとき、昔飲んだ味とまったく同じで、昔の記憶が蘇った。先祖や主人もきっと喜んでくれている」と感想をもらした。

 1本330ミリリットルのSサイダーの価格は230円。2本セットにしたカートン=490円。同23日、「第9回河崎商人市」で来場者100人に試飲サービスなど記念発売する。伊勢志摩地方のホテル・飲食店などで販売し、年間10万本の販売を目指す。