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「バット短く、息長く」志摩市出身の元ジャイアンツ大道典嘉さん、現役23年間を語る

「バット短く、息長く」志摩市出身の元ジャイアンツ大道典嘉さん、現役23年間を語る

「バット短く、息長く」志摩市出身の元ジャイアンツ大道典嘉さん、現役23年間を語る

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 極端にバットを短く持ち代打の切り札として活躍した志摩市大王町船越出身のプロ野球選手大道典嘉さんが1月8日、地元の少年たちとの野球教室、現役生活23年間を振り返っての講演会を開いた。主催は、志摩市社会福祉協議会の職員らで組織する「しま地域福祉研究会」。

少年から花束をもらって涙する元ジャイアンツ大道典嘉さん

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 船越小学校、船越中学校、明野高校(伊勢市小俣町)を経て、1988(昭和63)年南海ホークスにドラフト4位で入団。1989年から福岡(ダイエー)ソフトバンクホークスで18年間、その後2007年に読売ジャイアンツに移籍し2010年までの4年間、計23年間で1,356試合3,187打数906安打ホームラン60本打率0.284の通算成績を残しユニホームを脱いだ。後半は主にピンチヒッターとして活躍、代打本塁打は通算15本をたたき出した。現役中に「バット短く、息長く」「構え小さく、夢大きく」と発した言葉は球界の中でも名言となっている。

 ジャイアンツ時代、2009年10月22日クライマックスシリーズ第2ステージ対中日戦0勝1敗での第2戦では代打で登場。チェン・ウェイン投手の2球目をとらえ同点に追いつき、勝利に導いた。同年11月5日日本シリーズ北海道日本ハム戦2勝2敗で迎えた第5戦では、8回裏0対1、1アウト2塁の局面で代打で登場。林昌範投手が悪送球し走者3塁となり、カウント2-2から打ったボールがセカンド後方に飛びヒットとなって同点に。9回に逆転し、ジャイアンツの日本一に貢献した。

 大道さんは現役時代の試合での体験談などを交えながら、チームに貢献するために「自己犠牲ができること」、準備200%試合80%と「準備の大切さ」などを少年たちに伝えた。2009年のクライマックスシリーズ、日本シリーズでの代打でバッターボックスに立った時の気持ちなどを飾らず率直に、また引退後は2010年4月7日に急逝した同僚で仲の良かった木村拓也コーチの遺志を継ぎ、野球の指導者になるため渡米し、ニューヨークヤンキースでコーチの勉強をすることなどを話した。講演の最後で、「近い将来、ここから数多くのプロ野球選手が生まれることを期待したい。これまでの声援に対して少しでも恩返しができれば」と結んだ。

 講演後、少年たちの質問に答えるコーナーや大道さんのサインボールなどが当たるジャンケン大会などがあり会場は盛り上がった。

 1年ぶりの野球教室で少年たちのプレーを見た大道さんは「1年前よりも格段にレベルアップしているのに驚いた」と感想を漏らした。「NPB12球団ジュニアトーナメント」で中日ドラゴンズジュニアチームのエースピッチャーに選ばれた神明スポーツ少年団の藤田朋樹さんと対戦では、「うわさに聞いていた藤田君のプレーは素晴らしい。これから三重に帰る楽しみが増えた」と話した。

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