日本神話「岩戸伝説」に登場する「天の岩戸」(志摩市磯部町恵利原)入り口に堂々と生える「一本桜」にもうすぐ花が咲こうとしている。満開になるころ桜の下に今年も多くの人が集まるだろう。一本桜に脚光を当てたのが桜の周囲で稲作をする稲田武久さん。
一本桜の樹齢は約350年。花の種は、伊豆大島など伊豆諸島に自生するバラ科サクラ属のオオシマザクラ(大島桜)、「家建(やたて)の茶屋跡の大島桜」と呼ばれ昔の伊勢参宮ガイドブック「伊勢参宮名所図会」(1797年)巻五にも描かれている。
稲田さんは「2003年の正月、伊勢神宮に初詣に行った帰り、天の岩戸入り口に大型バス5台ほどが駐車し、人がぞろぞろと歩いていくのを見て不思議に思った。翌日、何があるのだろうか?と思いながら一人で奥まで行くと天の岩戸への参詣者であることに気がついた。辺りを見渡すと草で覆い茂った田んぼがあり、さらに草をかき分け中へ入っていくと目の前に大きな大島桜があった。桜を見上げた瞬間『ここでイセヒカリを作り、その米で酒を造りなさい』と言われた気がした」と振り返る。
さっそく稲田さんは、その年にその田んぼで米を作ることを決意し行動に移す。3月には水を張り、最初の花見会を開いた。それ以来、純白の花が咲く前には、毎年田んぼに水を張って見物客をもてなしている。
1989年、伊勢志摩地方に2度の大きな台風が襲った。大風と大雨で農作物にも多くの被害を与え、伊勢神宮の神田のコシヒカリの稲も全て倒された。その神田の真ん中に、2株だけ直立する稲が元気よく生えていた。その稲から育てられできた米のことをイセヒカリと名付け、今では幻の米といわれる。
稲田さんは、天の岩戸から出る湧き水を利用し、不耕起栽培・無農薬・有機肥料しかも除草剤を一切使用せず、米を作り、その米で日本酒を造った。日本酒は元坂酒造(多気郡大台町)に依頼し「風の宮」という名前で商品化した。
「風の宮」は、風雨の災害なく農作物が順調に生育するようにと祈りがささげられる伊勢神宮内宮の別宮「風日祈宮(かざひのみのみや)」にあやかった。同宮は「風の神」として国難を救った宮としても知られている。
阪神淡路大震災発生1週間後に神戸市長田区へ救援物資600人分の米や食料を届けたという稲田さんは、桜を見つめながら「みんなに早く、春が届きますように」とつぶやく。
3月27日には、大島桜を囲んで「桜と餅と名水を楽しむ会」を開く。当日は、「恵利原早餅つき」を行い、「名水百選」(環境省)に選ばれた「恵利原の水穴」の水を利用して点てた抹茶とつきたての餅を振る舞う。