秋の高い空の下のさわやかな日に、赤く色付いた柿畑が美しく、取材途中に車を止めた。カメラを向けると「恥ずかしいから撮らないで」と拒まれた。伊勢市近隣の度会郡玉城町で1970(昭和45)年から早生(わせ)次郎柿の「前川次郎」を栽培する78歳の西村さんが拒んだ理由は深い。
最も柿がおいしくなる実のつけ方をした「恥ずかしくない」柿を栽培する隣の畑。
約1反の柿畑を夫婦で手入れし、7月初旬に果実の数を制限することで1個1個の果実が大きくおいしくなるように花のつぼみを取る摘蕾(てきらい)作業を行った。実がつき大きくなる前にその実を取る摘果(てきか)作業を残した8月23日、85歳になる西村さんの夫が肺炎を起こし救急車で運ばれた。
1本の柿の木に多くの実をつけ「秋の色」に赤く染まっていたのは、摘果作業ができなかったからだという。約40年間柿を作ってきた西村さんにとって、「恥ずかしい」思いは柿作り名人のプロ意識からだった。
さらに西村さんは「その先の畑は、若夫婦でサラリーマンやで、木の剪定(せんてい)もできなかったんやろな…。なかなか柿の世話は片手間ではできないでな…」とつぶやいた。一本の木に柿がたくさんなって柿畑が赤くきれいに「秋の色」に見えたのは、この2つの深い理由が重なったから。
同町全域で約60ヘクタールの栽培面積を持つ「前川次郎」は、毎年10月中旬から約1カ月間が収穫時期にあたる。同15日から集荷作業を開始し、等級別に箱詰めし全国に発送する。
「前川次郎」とは、多気郡多気町(旧佐奈村)の前川唯一さんが、1940(昭和15)年に、次郎柿の苗から、早生柿の特性を持つ変異種を発見し、1952(昭和27)年に三重県から甘柿の優良品種として認められた。1957(昭和32)年に農林省命名登録第100号で「前川次郎」として認可された。果実の特徴は、四方に浅い溝があり四角く張っているが、見た目は豊満。果肉は黄紅色でほとんど種はなく、糖度は16~17度あるという。1991年から始まった「柿の木のオーナー制度」も人気が高い。