猿田彦神社(伊勢市宇治浦田)本殿裏の神田で5月5日、お田植え祭り「御田祭(おみた)」が行われた。
【その他の画像】鎌倉時代以降の南北朝室町時代から伝わる猿田彦神社の御田祭
鎌倉時代以降の南北朝室町時代から継承されると伝わる同祭は、約500平方メートルの同神社神田で毎年この日に行われている。1971(昭和46)年3月17日に三重県の無形文化財の指定を受けた。五穀豊穣、豊漁満足を祈願し、8月下旬から9月上旬に刈り取り11月23日の新嘗祭(にいなめさい)に初米として神様に供え、以降毎日供える。
進修小学校(同)3年の八乙女(やおとめ)が玉苗(早苗)を植方(うえかた)に渡し田植えが始まる。植方は楠部町の男8人、女8人、植綱(うえづな)男2人の計18人で、男性は、侍烏帽子(さむらいえぼし)、手細(てぼそ)、袴(はかま)、御田扇(みたおうぎ)、女性は、市女笠(いちめがさ)、小袖(こそで)という桃山時代から伝わる装束を着て田植えを行う。その間、囃方(はやしかた)10人が笛や太鼓による田楽を演奏する。
田植えが終わると神田中央で、長さ約3メートル、直径約1.15メートルの大きさの恵比寿(大漁)と大黒(豊作)が描かれた大うちわを持った植方2人がその年の豊漁、豊作を占う「団扇角力(うちわずもう)」が行った。今年は大黒が勝ち豊作が占われた。
団扇角力が終わると場所を同神社境内に移動し、「栄える」「生える・早く大きくなれ」と豊作を願う「豊年踊り」が行われ、「ハエーヤハエ、ハエーヤハエ」と声を掛けながらを踊りが披露された。最後にうちわを破る「団扇破り」が行われ、参拝者らがうちわの紙片や竹を奪い合った。紙片や竹を持ち帰ると無病息災となるといわれている。
愛知県在住の女性は「たまたま訪れたところ、昔ながらの田植えの風景を拝見し、田楽の調べに体の中のDNAなのか、何かわからないが、遠い昔に体験したような不思議な記憶が蘇ったような感覚になった。昔の稲作はみんなこうだったのかと実感した」と話す。