「『おんこ』なんかレシピ集で紹介してもはざよかれ(無意味だよ)」。「郷土料理を取り上げ一冊のレシピ集を作ろうと、昔よく食べられていた『おんこ寿司』の調査を始めたころ何人かの人に言われたこのセリフは今でも忘れません」と話すのは「志摩いそぶえ会」(志摩市志摩町和具)の伊藤泰子会長。
同会は旧暦の10月の最初の「亥の日」(11月26日)の前日に当たる11月25日、志摩地方に伝わる「おんこ寿司」について、多くの人に知ってもらい継承して行ってもらえるようにと「おんこ寿司」のいわれ、レシピ、作り方などを発表した。
今は亡き元メンバーで惣菜店「はなまる」の剣山美保子さんが、2004年2月ごろ「おんこ寿司」を郷土料理として取り上げようと提案。当初誰もがけなした「おんこ寿司」がその後、各メディアで大きく取り上げられ注目された。2006年地方の寿司の研究をする名古屋経済大学の日比野光敏教授の紹介でさらに注目に拍車がかかった。
「これから『おんこ寿司』を『手こね寿司』よりももっとメジャーしていこうと大きな目標を立てた時、今年3月15日、病気を患って入退院を繰り返していた剣山さんが66歳で他界。メンバー全員が落胆した。それから数カ月後、会議を重ねていたときみんなが剣山さんの遺志を継いで行こうと――と決意した」と回想する(伊藤会長)。
郷土史に詳しい伊藤幸治さんは「『おんこ寿司』は昔、山の神の日にあたる旧暦10月の最初の亥の日に、組んだ藁(わら)に乗せた赤飯の上に魚を一切れのせて、大きな木の根元や稲荷神社に供えた風習から『亥の日(いのひ)』『いんのこ』『おんこ』と訛(なま)っていったのでは。また子どもが赤ちゃんをおんぶする姿に『おんこ寿司』が似ていることから『負ん児』『おんこ』となったのでは」と推測する。現在では、おにぎりの形に握った酢飯に塩を効かせた新鮮なカツオやイワシ、アジなどの魚の刺身を一切れ乗せたものを「おんこ寿司」と呼ぶようになったという。
2003年11月発足の「志摩いそぶえ会」は、志摩地方に伝わる郷土料理の研究を通して、その普及と食文化の継承・発展などを目的に活動するおかみの会。志摩の郷土料理レシピ集「きらりレシピ」(2005年4月)や海藻を使った料理のレシピ集「海藻レシピ」(2008年4月)を発行する。