伊勢神宮で「神嘗祭(かんなめさい)」が10月15日から25日まで、外宮(げくう)、内宮(ないくう)、別宮、摂社、末社、所管社125社で執り行われている。
15日~17日の3日間は、外宮と内宮でそれぞれ22時からの「由貴夕大御饌祭(ゆきのゆうべのおおみけさい)」、翌日深夜2時からの「由貴朝大御饌祭(ゆきのあしたのおおみけさい)」が黒田清子神宮祭主、久邇朝尊(くにあさたか)大宮司ら神職によって奉仕され、その後12時からの「奉幣(ほうへい)」には皇室から勅使が遣わされ、天皇陛下からの幣帛(へいはく)が奉納される。
両宮の内玉垣には、全国の稲作農家から奉納された初穂の稲束「懸税(かけちから)」がかけられ、内玉垣御門の右側には天皇陛下が皇居内の水田で育てた初穂が根付きのまま大きな紙垂(しで)が付けられてかけられる。その手前には籾(もみ)俵と「カケチカラ会」と書かれた白い布袋が積み上げられる。今年の初穂(新穀)を神にささげ感謝し、五穀豊穣(ほうじょう)を祝う同祭は、年間1500以上ある伊勢神宮祭典中、最も重要とされ、今年11月5日に創建100周年を迎える倭姫宮(楠部町)に祭られる倭姫命(やまとひめのみこと)が祭典の起源をつくったとも言われている。
一方、伊勢市内では全国から集まった初穂を伊勢神宮に奉納する初穂曳(ひ)きが、15日には初穂や米俵を載せた木製の台車「奉曳車(ほうえいしゃ)」を2本の白い綱で外宮まで引く「陸曳(おかびき)」が、16日には初穂や米俵をそりに載せ五十鈴川を内宮まで引く「川曳(かわびき)」が行われた。
17日、内宮正宮で「奉幣の儀」が執り行われている最中には、東の方角から一羽の蝶・アサギマダラが外玉垣御門前まで舞い降り、参拝者の目の前をひらひらと漂うように舞った。やがて神宮衛士の手のひらにそっととまるとそれを見ていた参拝者から感嘆の声が上がっていた。
伊勢神宮の神職で広報室次長の音羽悟さんは「延喜式祝詞(のりと)の中に、『食国(をすくに)』という言葉がある。『天下(あめのしたの)公民(おほみたからの)作りと作る五穀(いつくさのたなつもの)』と今日の祝詞でも使用されていることから、日本の国は古代から、全国各地で農産物を育てる国民が居て、それを食べることができる環境があったことがうかがい知れる。それは治安が良く、食が豊かで国力があった証しでもある。だからこそ五穀豊穣を祈り、感謝する祭りの大切さを尊び、今もなお、神嘗祭や月次祭(つきなみさい)のような祭典が続けられている」と解説する。