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南伊勢町・穂原小学校跡のシンボルツリーに卒業生が光 大イチョウをライトアップ

南伊勢町・穂原小学校跡のシンボルツリーに卒業生が光 大イチョウをライトアップ
(撮影=岩咲滋雨)

南伊勢町・穂原小学校跡のシンボルツリーに卒業生が光 大イチョウをライトアップ (撮影=岩咲滋雨)

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 閉校となった穂原小学校(南伊勢町伊勢路)のシンボルツリーである大イチョウが11月21日、地元有志グループ「大銀杏を大切にする会」によって初めてライトアップされた。

【その他の画像】穂原小学校の大イチョウに光を当てた「大銀杏を大切にする会」代表の庄下真史さん

 同校は、1887(明治20)年の清輝尋常小学校の創立から数え、1987(昭和62)年に創立100周年を迎えたが、児童数の減少などを理由に2014(平成26)年に創立127年で閉校となった。

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 1979(昭和54)年に建てられた3階建ての校舎は現在、南伊勢町長の小山巧さんが社長を務めるまちづくり会社「みなみいせ商会」(同)の事務所として活用している。昨年までは運動場には雑草が生え、遊具には立ち入り禁止の看板とロープが付けられ使用できなくなっていた。

 運動場にある大イチョウは、3階建ての校舎よりも大きく、1997(平成9)年2月6日に南伊勢町の天然記念物に指定された。その時測った大きさが推定樹齢約400年、樹幹囲3.52メートル、樹高20メートル。時折葉の先にギンナンを付けた葉が見られるのが特徴で「オハツキイチョウ」の名前で親しまれている。もともとは瑞雲山久昌寺のあった場所に校舎が建てられ、境内にあったイチョウだけがそのまま残り根を伸ばした。かつての穂原小学校の校歌にも「伊勢路の川の 川ほとり 日々をいそしむ よい子らに きびしくさとす大銀杏 父なる穂原小学校」と大イチョウが登場する。

 ライトアップ企画は、同校を1999(平成11)年に卒業した同グループ代表の庄下真史(しょうかただし)さんらが、草が生えて荒れ放題となっていたグラウンドを見て憂い、なんとかしたいと草刈りを始めたのがきっかけ。

 庄下さんは「当初5人で草刈りをやっていたが、あまりの広さにこれではなかなか進まないと、地元の人たちに協力をお願いしたところ約40人が参加してくれて、きれいにすることができた。参加してくれた人たちも草が生えてずっと気になっていたそうで、声をかけてくれてよかったと言ってくれたのがうれしかった」と振り返る。

 その後も3月20日、6月7日、8月9日、10月25日に草刈りを行い、秋に大イチョウをライトアップさせたいとみんなが思い始め、今年初めてライトアップすることになった。

  庄下さんは「廃れていく母校を見ていてとても寂しい思いと共に、僕たちのシンボルツリーでもある大イチョウをこのまま放置させてしまってはいけないと思うようになり、今年5月15日に『大銀杏を大切にする会』を発足させた。今年はコロナ禍で派手に告知することができなかったが、それでもSNSなどで知って足を運んでくれる人がいて、みんなから『大イチョウのことがずっと気になっていた』と言ってくれて喜んでくれるのを聞き、やって良かったと実感した。ライトアップは当初、金・土・日曜、祝日の18時~21時だけの予定だったが、平日もやってほしい、長い時間見たいという意見を聞き、大イチョウの葉が落ちるまでの毎日に変更し、投光時間も延長した」と話す。

 SNSで知り、大イチョウを見に来たという女性は「私が穂原小学校を卒業して2年後に閉校になった。ライトアップされた大イチョウを見て感動した。イチョウの葉を集めて焼き芋をして食べたあの時のおいしさは今でも忘れない。小学生だったころを思い出させてくれた。ライトアップしてくれたことに感謝したい」とほほ笑む。

  庄下さんは「卒業式に校長先生にこのイチョウの木に登らせてほしいと懇願したがダメだと断られた。それでもお願いを続けたらどうにか許してくれて、友人5人で登ったのを思い出す。真ん中くらいの高さまで登ったところで、あまりの高さに怖くなってそれ以上登れなかった。いつまでも大イチョウの木はこの地域のシンボルツリーであり、心のよりどころになっているのだと再確認した。いつまでも大切に守っていきたい」とも。

 点灯時間は17時30分~23時30分時まで。期間は大イチョウの葉が落ちるまで。

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