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鈴鹿F1全レース撮る伊勢のカメラマン高田健司さん還暦に-可夢偉選手の勇姿も写す

鈴鹿F1全レース撮る伊勢のカメラマン高田健司さん還暦に。スペシャルファンミーティング「カムカム可夢偉」終了後小林選手とツーショットで

鈴鹿F1全レース撮る伊勢のカメラマン高田健司さん還暦に。スペシャルファンミーティング「カムカム可夢偉」終了後小林選手とツーショットで

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 鈴鹿サーキット(鈴鹿市稲生町)の全F1レースを撮り続ける伊勢市出身のカメラマン高田健司さんが10月4日、60歳の還暦を迎えた。翌日から始まった第15戦日本グランプリ(GP)ではオフィシャルカメラマンとして活躍、日本人ドライバー・小林可夢偉選手(ザウバー・フェラーリ)の勇姿もしっかりと記録した。

小林可夢偉選手、鈴鹿日本GPで3位に

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 1953年、伊勢神宮内宮の門前町で生まれた高田さん。祖父は宮大工。子どものころの遊び場は五十鈴川と神宮の森。カメラが趣味だった父の影響を受け小学6年で初めてカメラを手に。中学1年の時、自宅で天体写真を撮りながら「プロになれればいいな」と思ったことがカメラマンへの道を志すきっかけになったという。元自転車国体選手で全日本準優勝の経歴を持つアスリートでもある。信条は「ないものは数えない」。

 高田さんは、鈴鹿サーキットでF1日本GPが始まった1987年からカメラマンとしてコース内でレースの様子を撮影。同サーキットでの、故アイルトン・セナ選手(ブラジル)の2回の優勝やミハエル・シューマッハ選手(ドイツ)全盛時代など全レースを撮った。

 今年の日本GP決勝ではスタート時、第1、2コーナー周辺で待ち受け、リタイアとなったフェルナンド・アロンソ選手(スペイン、フェラーリ)の接触事故も目の前で目撃し撮影。レース中もさまざまな角度からマシンを狙うためにコースを歩いて移動。最終ラップ時にはメーンスタンドの最も高い位置からサーキット全体の様子や表彰台に登った選手をとらえた。決勝レースが終わった翌日の8日には、小林選手とのスペシャルファンミーティング「カムカム可夢偉」の様子なども撮影した。

 高田さんと小林選手との出会いは、小林選手が鈴鹿デビューした2010年から。高田さんは「今回の可夢偉選手の3位表彰台は、鈴鹿の過去のレースの中でも最も印象に残るレースとなった。可夢偉選手は実力でジェンソン・バトン選手(イギリス、マクラーレン・メルセデス)を抑えて戦った」と話す。「還暦を迎えた年に、鈴鹿サーキット50周年で、日本人が表彰台に立ったことは、いつまでも忘れないだろう。体力が持つ限り、必要とされる限り、シャッターを押し続けたい」とも。

 決勝レースの小林選手は、3番グリッドから好スタートを切り、第1コーナーを2位で通過、その後安定した走りを見せ、フェリペ・マッサ選手(ブラジル、フェラーリ)に抜かれたものの猛追するジェンソン・バトン選手(イギリス、マクラーレン・メルセデス)を振り切り、3位表彰台に。日本人ドライバーが表彰台に立つのは、1990年日本GP3位の鈴木亜久里選手と、2004年アメリカGP3位の佐藤琢磨選手に続いて3人目。鈴鹿では鈴木選手以来22年ぶり。優勝はポール・トゥー・ウィンのセバスチャン・ベッテル選手(ドイツ、レッドブル・ルノー)、2位はマッサ選手。総合ポイント首位のアロンソ選手はスタート直前にリタイア。引退表明したシューマッハ選手(ドイツ、メルセデス)は11位。

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