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伊勢・厚生中で「伊勢大空襲」の体験を回想 語り部12人が全校生徒に

伊勢・厚生中で「伊勢大空襲」の体験を回想 語り部12人が全校生徒に

伊勢・厚生中で「伊勢大空襲」の体験を回想 語り部12人が全校生徒に

 伊勢市立厚生中学校(伊勢市一之木町)で7月9日、地域の学校運営協議会(コミュニティースクール)主催による平和学習が全校生徒366人に向けて行われた。

「伊勢大空襲」の体験を話すはつらつとした語り部 伊勢・厚生中で平和学習

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 戦後81年を迎えた今、当時、軍需工場と化した「東洋紡績」跡地という歴史的背景を持つ地に立つ同校で行われた平和学習。初参加で最高齢97歳の宮井千鶴さんをはじめとする12人の語り部が当時の戦争の記憶を語った。

 2011(平成23)年に始まった平和学習は、2014(平成26)年に教室に冷暖房設備が整ったことを機に、1クラスに1人の語り部を配置して全校生徒を対象に行う現在のスタイルに。昨年はインフルエンザによる学級閉鎖で惜しくも中止となったため、今回は2年ぶり12回目の開催。

 講話に先立ち、野村知広校長は、毎年8月に開催される広島平和記念式典に向けて全校生徒で千羽鶴を折った取り組みや、原爆の恐ろしさを学んできたこれまでの事前学習に言及。その上で「今から約80年前の1945(昭和20)年、皆さんの親世代も生まれる前に、この伊勢の街もアメリカ軍による空襲を受けた」と話し、大型爆撃機B-29から次々と爆弾が落とされ多くの尊い命が失われた歴史を説明。「実際に、その惨状を体験した語り部の言葉を聞くことは、子どもたちのみならず戦争を知らない教職員にとっても極めて貴重な機会。これから平和な世界を作るために自分たちに何ができるかを考える大切なきっかけにしてほしい」と全校放送で生徒たちに訴えた。

 3年3組を担当した92歳の坂本照子さんは、当時11歳だった1945(昭和20)年7月28日の「伊勢大空襲」の体験を回想。「ここにいたら蒸し焼けにされる」という父親の決断で、家族10人で防空壕を飛び出し、頭上から砂利を流すような音を立てて降ってくる無数の焼夷(しょうい)弾の恐怖、家族とはぐれ1人だけになり、さまよい逃げていると田んぼの中に泥だらけになって入ってしまった。配給されたばかりの大切なげたと共に足を取られて動けなくなった。その後、東洋紡績で働いていた新潟出身の女性2人に助けられたことなど、当時の思いと共に赤裸々に語りかけた。

 3年4組を担当した93歳の西村礼子さんは「この学校の場所にあった東洋紡績工場が焼け、倉庫の布製品がいつまでもくすぶり続けて街じゅうに広がっていた独特の焼け焦げた匂いが今も記憶に焼き付いている」と話す。生まれた時から戦争が繰り返されていたことから、物心ついた頃から「戦争は正義」と教え込まれていた軍国主義教育の恐ろしさに触れ、戦後、軍隊経験を持ちながらも毅然(きぜん)と平和を説いた恩師たちとの出会いや友人たちとの議論によって、自らの頭で「本当の平和とは何か」を葛藤し、気づかされていった転換期を振り返った。

 語り部たちの高齢化が進み、直接体験を聞く機会が年々貴重になる中、91歳の塩崎勝彦さんや横山公子さんらも各教室で教壇に立ち、生徒たちにバトンをつないだ。真剣なまなざしで聞き入っていた生徒の一人は「テレビの中の話ではない。自分たちの学校がある場所で起きた残酷な歴史を受け止め、これからも戦争について考え続けたい」と話し、平和への決意を新たにした。

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